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経済記事を読み解くための用語解説(為替相場)

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為替相場の歴史
第二次世界大戦の反省(各国の経済圏拡大のため植民地化しようとした世界情勢)から各国通貨の交換比率をさだめたブレトン・ウッズ体制(1ドル360円)は、1971年のニクソン・ショック(ドルと金の交換を停止・1ドル308円)により崩壊し、その後、1976年1月に開催されたIMF暫定委員会で変動相場制(キングストン体制)が承認されブレトン・ウッズ体制からキングストン体制へ移行されることになる。
その後、「強いアメリカの復活」を訴えたレーガン大統領の経済政策(レーガノミックス・・・減税、歳出配分転換、規制緩和とインフレ退治)で、減税と歳出拡大をセットにした大型の財政政策(核抑止力を維持するための新しい技術開発戦略防衛構想SDIなど...)が発動されることにより、ドル高の持続と景気回復が進むなか輸出減退と輸入増大をもたらし経常赤字を拡大させていく。そのような状態が続くなか、1985年プラザ合意により為替相場は一気にドル安に進み、それ以降、1990年代初めまでアメリカは輸出増大により経常収支が修正される一方で、国内需要が低迷し財政赤字は記録的に悪化していった。その後、(親)ブッシュ大統領が日本の貿易黒字に対する強行路線(日本へアメリカ自動車財界人を伴っての日本パッシングなど)はそれほど古い話しではない。クリントン政権に移り、金融とITに経済の中心を移し冷戦下での資源が民需に回ったこと知的財産権など、この時代アメリカの経済は良好に推移し財政の立て直しに成功している。(子)ブッシュ大統領に移り、冷戦の軍事支出から9.11(世界貿易センター倒壊)事件をきっかけに世界エネルギー戦略にまつわる中東への軍事支出へと変化しその額の増大をもたらしている。